幽径夜話 月の見えない夜でした 風もないのに揺れる小枝が 中国娘の陰口めいて 心地の悪い夜でした 道行人（みちゆきびと）もない上に 明け追う鳥さえ　 眠り続ける夜もすがら 闇の壁からそろりと伸びた 萎（しな）びた老婆の腕に掴まれ ぞわりと背筋も凍ります 粟立つ膚を宥めるように 息継ぐうしろで笑い声 『ここで お前と会ったのも　 何かの縁かもしれないねぇ　 黄泉（よも）つ国へと連れ立って 歩いてゆくのもオツな物 それが嫌ならまあ ひとつ　 宝を置いてゆくがいい』 はてさて 宝と言われても 金が手元にあるじゃなし 秀でた才があるじゃなし 見目麗しいわけもなく 命が惜しい わけもない 考えあぐねて何とはなしに 一緒に行くのも悪くはないと 得心するのを遮るように 『お前のような つまらぬ奴など 退屈凌（しのぎ）もなりはせぬ』 はらりと腕を払われて 闇の中へと老婆は消える 魔魁（まかい）ですらも愛想を尽かす 不甲斐なさもまた愛し 土産話も拾ったことだし さあて夜が明けないうちに 急いで帰るとしましょうか・・・