ヘルメスの月 音もなく 無窮の果ては闇に落ち 虚空の下で 貪婪（どんらん）な渇きは癒えず 玲瓏たる 銀の雫に月は盈ち 秤の上で 静謐な焔(ほむら)を煽る 魂（たま）が振れ 産霊（むすひ）は解（ほど）け 月を欠き 器を返し 潺湲（せんかん）と滴る水銀 海（あま）は凪ぎ 底方（そこい）に宿るあらたまは 昇華を成して 悠然と朱に染め上がる ――瓏銀の水面に惑うエトランゼ 　　　バーミリオンの月はかくれて――

【無窮】きわまりのないこと。果てのないこと。無限。永遠。無疆。 【貪婪】ひどく欲が深いこと。貪欲。 【静謐】静かで、落ち着いていること。世の中がおだやかに治まるさま。 【産霊】天地・万物を生み、または成長させる霊妙な力。 【潺湲】水が清くさらさらと流れる様。またその音を表す語。涙がしきりに流れる様。 【底方】至りきわまるところ。きわめて深い底。奥底。はて。 【瓏銀】あざやかな銀色。明るい銀色。 【エトランゼ】その土地に溶け込もうとしてもできない疎外された感じ。異邦人。 【バーミリオン】顔料名。硫化水銀を成分とする朱色の顔料。絵の具の色。朱色。