遺人の塔



高慢と僭越は万有引力に抗い

無明と渇愛は際限なく石を積む

知恵と権威は底なしの業に魅入られ

塔は天飆(てんぴょう)に挑み立つ


未知の創造は既知の夢想

虚空に昇る階梯は

無窮の天地を取り結び

既知の予想は未知の記憶

臨界に浮く憑代(よりしろ)は

彼岸と此岸を取り結ぶ


しかしまた

万物は生滅流転


高慢と僭越は神仏の怒りを招き

無明と渇愛は大河のうねりに溺れる

知恵と権威は糜爛(びらん)の禍をもたらし

塔は腥風(せいふう)に崩れ落つ


未知の解析は既知の輪郭

煤(すす)けた瓦礫の下には

地図にない孤高の王国

既知の時空は未知の闇

差し伸べた手は 救いか 裁きか

その天命を知る術はない




【僭越(せんえつ)】 自分の身分や資格をこえて、出過ぎたことをすること。
【無明(むみょう)】 存在の根底にある根源的無知。
【渇愛(かつあい)】 咽が渇いて水を欲しがるように凡人が五欲に愛着すること。
根源的欲望。
【業(ごう)】 意志による身心の活動、行為。
前世の善悪の行為により現世においてうける応報。
【天飆(てんぴょう)】 天高く吹く強風。空に吹きあれる大風。天風。
【虚空(こくう)】 天と地の間。空。空間。
【階梯(かいてい)】 昇降の階段。きざはし。はしご。
物事を学ぶ段階。物事の発展の過程。
【無窮(むきゅう)】 果てのないこと。無限。永遠。
【憑代(よりしろ)】 神霊が現れるときに宿ると考えられているもの。
【彼岸(ひがん)】 悟りの境地。涅槃(ねはん)。あの世。向こう側の岸。
【此岸(しがん)】 悩みの多い現実世界。この世。こちら側の岸。
【万物は生滅流転】 古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスが万物の根源を
「永遠に生きる火」とし、すべては永遠に生滅・変化すると説いた言葉から。
【糜爛(びらん)】 かゆの煮え崩れたようにただれ崩れること。
また国が乱れすたることや、
人民の疲弊の甚だしいことを喩えていう。
【腥風(せいふう)】 なまぐさい風。血なまぐさい臭い。殺伐な気。